プロフィール

奥田健一

都市風景、自然風景、社寺、城郭、祭りなどを取材、雑誌や観光パンフレットなどに掲載、また営業写真の仕事もしています。
ライフワークとして、大阪のモノクロスナップも撮影しています。

Aflo(アフロ) 契約作家
PPS通信社 契約写真家
ほかフォトエージェンシー3社と契約

好きな写真家 ロベール・ドアノー、アンセル・アダムス、リチャード・アヴェドンなど


1977年 大阪市阿倍野区生まれ

  • 中学のときに初めてのカメラ、OLYMPUS AF-10 SUPER(コンパクト)を購入、ただしフィルム代がなく、このカメラはほとんど使わずに終わる。

1996年 大阪府立成城工業高校(現:成城高校) 情報技術科卒業

  • 高校2年生のときに、初めての一眼レフカメラ、MINOLTA SR-T 101を購入する、フィルム代がなく、このカメラもあまり使わずに終わる。

1996年 トヨタカローラ大阪 株式会社に自動車整備士として入社

  • 入社後、2回目のボーナスでNIKON F90Xを購入、また2年目のボーナスでNIKON F5を購入、この2台は仕事と作品でそれなり酷使する。
  • 休日を利用して作品を撮影したり、また会社には内緒で撮影の仕事もこなす。

1998年 写真家になること決意し同社を退社

  • 当時関西では最大手だった、広告写真スタジオのアートスタジオ(大阪市北区)、また系列のスタジオ21(大阪市浪速区)などで、広告撮影のアシスタントをアルバイトで始める。
    また他にも、スクールやブライダルの撮影、スポーツイベントの撮影、CDジャケットの撮影など、できる限りの仕事はすべてこなす。
  • この時期に、ホスト、キャバクラのボーイ、ビルメンテナンス、建設現場など、さまざまなアルバイトも経験する。
  • 仕事のないときは、観光地や商店街などにゴザを敷き、自分の作品を並べて売る露天商のような仕事もときどきする。

1999年 株式会社 里写真スタジオに入社(現在は廃業)

  • 会社では営業写真や商品撮影に従事する。
  • 休日を利用して、音楽雑誌や経済誌、選挙ポスターの撮影など、自分の仕事もこなす。

2002年 ビジュアルアーツ専門学校大阪 夜間写真学科に入学

  • 昼はスタジオ勤務、夜は写真学校の生活を送る。
  • 休日に大判カメラ(4×5)で社寺の撮影を開始する。

2003年 ビジュアルアーツ専門学校大阪 夜間写真学科を中退

  • 仕事と作家活動に専念する。

2003年 ミオ写真奨励賞 2003 入選

2004年 株式会社 里写真スタジオを退社

2004年 ミオ写真奨励賞 2004 入選

  • 作家活動に専念する。
  • コンビニエンスストアで夜勤の傍ら、昼間は大阪のモノクロスナップを撮影する日々を送る。

2007年 自主ギャラリー「ギャラリートラヤ」を開設

  • 大阪市平野区の長吉銀座(本町)商店街の洋品店跡に引越し、もともとの「トラヤ洋品店」の看板を変えずに、作品発表の場として「ギャラリートラヤ」を開設する。
    1階がギャラリースペースと暗室、2階が住居スペースで、毎月第2土曜日と第2日曜日に写真展(個展)を開催する。
ギャラリートラヤ
ギャラリートラヤ
ギャラリートラヤ 暗室
展示スペース奥の暗室
  • 月刊「大阪人」(現在は廃刊)に、大阪のモノクロスナップの連載を開始する。
    ※2007年11月号~2008年6月号まで計8回

2011年 自主ギャラリー「ギャラリートラヤ」を閉廊

  • 「ギャラリートラヤ」の活動期間は4年間、計53回の写真展(個展)を開催し、この間にさまざまな写真家、業界人の知遇を得る。
  • 昼間は大阪の街をひたすら歩きスナップ撮影、夜はコンビニエンスストアでアルバイト、この時期に睡眠時間、体力的にもこの生活に限界を感じ始める。

2012年 「海岸通ギャラリーCASO」の展覧会企画、搬入搬出のスタッフ

2013年 フリーランスとして独立

  • 仕事としての写真と作品としての写真、収入源と作家活動など、今後の写真との関わり方をいろいろと模索する日々を送る。

2014年 再び営業写真の仕事を再開

  • 取材に行った神社で偶然にも保育園の理事長と知り合い、そのままその保育園と契約、年間行事の写真販売などの業務を行う。

2015年 ストックフォトエージェンシー「JTBフォト(現在は事業から撤退)」と契約

  • 自然風景、都市風景、社寺、城郭などの写真を寄託する。

2016年 ストックフォトエージェンシー「Aflo(アフロ)」と契約

2016年 ストックフォトエージェンシー「イメージナビ(RM)」と契約

2016年 ストックフォトエージェンシー「NNPフォトライブラリー」と契約

2017年 再び雑誌取材の仕事も再開

  • 契約先保育園の事業が拡大、担当の園が2園になる。

2020年 多忙のため作品制作は一旦中断し、仕事の撮影に専念

  • 契約先保育園の事業が拡大、担当の園が3園になる。

2021年 ストックフォトエージェンシー「サイネットフォト」と契約

2021年 ストックフォトエージェンシー「PPS通信社」と契約

現在に至る